「隣の芝生は青く見える」、英語のことわざ”The grass is always greener on the other side of the fence.”の和訳ですね。
日本では、「隣の花は赤い」という表現も生まれていたようですが、高度成長期の日本、家に芝生があるのが、リッチな感じがしたのでしょうね。花ではなく”芝生”が定着したようです。
さて、他人の何かを羨ましく思ったり、時に嫉妬したりすることの例えで、よく使われるこの言葉ですが、そもそもなぜ人は“隣の芝生が青く見える“のでしょうか?
今日は、その理由を見ていきながら、よりよく生きていけるようになるようなお話をしますね。
隣の芝生が青く見えるっていうけれど、なんで人間ってそう思うのか、5つの理由
苦労が見えていないから
隣の芝生が青く見えることを、うらやましいと思うことがあります。でも、それは結果だけを見ていませんか?
芝生の手入れって、雑草駆除や定期的な芝刈りなど結構面倒なのですよね。きっとその方は、相当な努力をされているのではないでしょうか?
メジャーリーガーのイチロー選手、年収は私の100倍以上、いいな、うらやましいな、あんな才能があったらな、なんて思うことがありますが、イチロー選手はこんなことを言っています。
「夢や目標を達成するには1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること。」
「はじめから、今があったわけではありません。状況は少しずつ変えていけるものです。」
日々、同じことを繰り返しやるだけでも大変ですが、ただやり続けるのではなく、改善点がないかを意識しながら、ルーティンワークを行うそうです。
小さな改善を繰り返すことで、やがて大偉業を成し遂げる力がついていくのですね。
遠くから見ているから
遠くから眺めると、すごく綺麗に見えるものってありませんか?例えば日本が誇る”富士山“。
世界遺産に登録されましたね。しかし、実は富士山、世界遺産登録抹消の危機だそうです。
有名な話ですが「ゴミ問題」が原因です。心無い登山者のポイ捨てや、不法投棄などで登山道や麓付近では、かなりゴミが散乱しています。
そこで、ゴミを無くす取組みが始まり、いまでは一定の成果を上げていますが、いまだ大型の不法投棄ゴミが片づけきれていない状況だそうです。
地元だけではなく、日本全国、諸外国の方まで、ボランティアでゴミ片づけを行っています。
日本人である私達、遠くから「綺麗だな」と、思うことも素敵なのですが、遠くから見ていても近づいても綺麗、そんな日本人の誇りは持ち続けたいものですね。
自分に自信がないから
隣の芝生が青く見える、自分の芝生は・・・。
相手のいいところは気付き易いが、自分のいいところは気付きにくく、褒められることに慣れていない。
これは、日本文化の特徴とも言われていますね。
奥ゆかしさ、出しゃばらない、出る杭は打たれるなど、幼少期からそのように育てられ、それがいまだに教育現場や社会に残っています。
それを問題視する風潮もでてきており、近年、自信を持つトレーニングがいろいろでてきていますが、例えば以下のようなものがあります。
・姿勢(歩く姿勢、座る姿勢)を正す→胸を張り猫背にならず、堂々とした姿勢をとる
・ネガティブな口癖をやめる→すぐに「どうせ」「でも」「だって」と言わず別の言い方にする。「どうせ私は頭が悪い」→「私には伸び代がいっぱい!」
・他人を否定しない→他人の悪口や否定的な言葉を変えてみる。「あのアホ上司、正論ばかり言いやがって」→「迷ったときは、あの正論上司に聞いてみよう、役に立つなぁ」。
まずは、形からですね。
ストレスがたまっているから
ストレス社会と言われていますが、ストレスが溜まっていると、隣の青い芝生を妬ましいと思ってしまうことがあります。
ストレスの原因は、人間関係や寝不足など多岐に渡ります。
できるだけ、ストレスを抱えないようにしたいですが、例えば以下のようなことに気を付けるだけでも効果があります。
・ポジティブな独り言をつぶやく→「わたしは幸せだな」
・小さな前進を意識する→ダイエット目標5㎏減量に対して、“1週間で200g減ってきた”と思うか“1週間もやったのにまだ200gしか減っていない”では大きく違いますね
・余計な要求を減らす→「私ばかりに仕事を振らないで」→「仕事をさせていただき感謝します」
心のストレスは、欲求が満たされないことで発生することが多いです。ストレスが軽減されて、隣の芝生が青いことを褒め称えることができたら幸せですね。
完璧を求めすぎているから
隣の芝生が青く見える、それに比べて自分は・・・。自分の芝生もきっと青いのですが、隣の芝生のような綺麗な青さがほしい。
高い目標を立て、ミスなく完璧に達成することが美学、と思っている方もいるのではないでしょうか?ですが、過剰な完璧主義は低効率になることがあります。
例えば、一つの資料作成に多くの時間をかけても、提出先の意図にそぐわず、また時間をかけて修正する。睡眠時間は減り、思考力も低下、待っている相手もイライラ。
一方、「ま、こんなもんだろう」と提出した資料。提出先の意図にそぐわず、出来栄えもあまりよくないですが、的確な指摘や指導がされやすくなり、手直しも、あまり時間がかからないことがあります。
一瞬怒られたとしても、指摘や指導をした人の満足感と、効率よく資料作成ができたこと、どちらも良い効果ですよね。
なるようになるさ、これでいいのだ!そんな感覚でやっているほうが、実は心にも体にもいいのです。
いかがでしたか?
今回の記事が全てではないですが、日常生活の中で、あなたにちょっとした、良い変化をもたらすことができたら幸いです。
さて、最後に心理学者、エリックバーン氏の言葉をお送りします。
「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」
まとめ
隣の芝生が青く見えるっていうけれど、なんで人間ってそう思うのか5つの理由
- 苦労が見えていないから
- 遠くから見ているから
- 自分に自信がないから
- ストレスがたまっているから
- 完璧を求めすぎているから
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